アジア連帯経済フォーラム
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   もうひとつの世界は可能だ

   ─連帯経済はネオリベラルなグローバリゼーションに対抗する


   北沢洋子(国際問題評論家)


★はじめに
 2003年9月、メキシコのカンクンで開催された世界貿易機関(WTO)の第五回閣僚会議は、南北間の激突で幕開けたが、ついに最終日の一四日午後交渉が決裂し、流会となった。マスコミは、交渉決裂のきっかけをつくったアフリカの代表の姿を求めてインタビューに走り回り、一方では、数百人のNGOが「我々は勝った」と踊り狂っていた。私もその踊りの輪の中にいた。
しかし、WTO交渉を決裂に追い込んだ真の主役は、アフリカの政府でもなければ、NGOでもなかった。それは、会議場には姿を見せなかった途上国の何百万もの農民であった。これまで途上国の農民は物言わぬ、忘れられた存在だった。しかしその農民が、強大な先進国政府、多国籍企業に対して勝利したのだ。自由貿易を掲げ、ネオリベラリズム(新自由主義)の象徴であるWTOの閣僚会議が、四年前のシアトルに続いて二度も流会になるのは異常な事態である。今まさに「世界は地の底から揺れている」と私は感じた。
 一九九九年一一月、シアトル・デモ(註1)以来、世界各地で反グローバリゼーションの巨大なデモが起こっている。それは、昨年二月一五日、二〇〇〇万人がブッシュのイラク戦争に反対して、地球を一周する反戦デモにつながった。ロンドンの反戦デモの人波の中で人びとは「これはもはやデモではない。歴史的事件だ」と叫んでいた。
 反グローバリゼーションのデモは、グローバリゼーションのすべてに反対しているわけではない。人間より利潤を優先する大企業のグローバリゼーションに「ノー」と言っている。
 一方、反グローバリゼーション派は、ブラジルのポルトアレグレで世界社会フォーラム(註2)を開催し、ネオリベラルなグローバリゼーションに対するオルタナティブを議論している。これは二〇〇一年一月以来、すでに三回にわたって開かれ、一〇万人が参加した。今年一月には、インドのムンバイで開かれる(註3)。

★企業主導のグローバリゼーションは何をもたらしたのか?
八〇年代はじめにレーガン政権とサッチャー政権が誕生した。このアングロ・サクソン神聖同盟は、それぞれネオリベラリズム経済政策を取り始めた。レーガン=サッチャーは、大幅に政府支出を削減し、すべての国有企業とサービス・福祉を民営化した。そして、「市場経済がすべてを決定する」というドクトリンを唱えた。
 同じ頃、G7が支配する国際通貨基金(IMF)・世界銀行などの国際金融機関は、途上国に対して、その債務危機を解決するという命題で、画一的手法でもって構造調整プログラムを押しつけたのであった。この構造調整プログラムこそはレーガン=サッチャーが導入したネオリベラリズムとほとんど同一のものであった。
 九〇年代に入ると、冷戦が崩壊した。社会主義国は、北朝鮮を除いて、すべて市場経済に移行した。グローバリゼーションは、まさにグローバル化した。  このネオリベラルなグローバリゼーションがもたらしたものは何であったか?
 まず第一に、すさまじい貧困層が生まれた。
国連が規定する絶対的貧困とは、人間が生きていくのに基本的に必要なニーズを奪われている人びとをいう。この人たちは、飢えており、読み書きができず、安全な飲み水もない。この地球上には、一三〜五億人もの絶対的貧困者が住んでいる。
 第二に、地球規模のすさまじい格差の増大である。  例えば、マイクロソフトの会長ビル・ゲイツ一人の資産は、最貧国四九か国のGDPのすべてをあわせたものより多い。これら最貧国の人口は六億人である。ゼネラル・モーターズ、ウオール・マート、エクソン・モービル、フォード、ダイムラー・クライスラーなど巨大企業それぞれの年間売上高は、四九の最貧国のGDP総額より大きい。
 グローバリゼーションは一握りの金持ちと巨大企業を生み出し、その対極に膨大な貧困を作り出した。
 第三に、世界経済が巨大なカジノとなった。
毎日一兆三〇〇〇万ドルの巨額の投機資金が、時時刻刻、国境を超えて世界中を走り回って、巨大な利益をあげている。これは、途上国経済、とくに貧しい人びとに災厄をもたらしている。ネオリベラルなグローバリゼーションは、世界を大きなカジノに変えた。
 ネオリベラルなグローバリゼーションがもたらした貧困、格差、経済のカジノに対して、ついに人びとは「ノー」といって立ちあがった。これが、今地球上を吹き荒れている反グローバリゼーションのデモである。
 多国籍企業は、グローバルな寡占体と化した今日では、資本主義の勃興期にアダム・スミスが言ったような「見えない手」によって制御できると夢見る人はもはやいない。

★国連の取り組み
 しかし、国際社会は手を拱いていたわけでない。
 このような事態を迎えて、冷戦後、国連は、子ども、環境、人権、人口、社会開発、女性、人間居住、教育といたグローバルな課題についてのサミット・レベルの世界会議を開いた。そこでは、すべての加盟国政府が自身で作成した目標の実施を公約した。
そして二〇〇〇年五月には、国連はミレニアム・サミットを開催し、二〇一五年までに世界の貧困を半減するという「ミレニアム開発ゴール(MDGs)」(註4)を採択した。
 しかし、国連はこれらの目標を達成できなかった。なぜか?
 これら国連決議は、全員一致の合意で採択された。しかし、国連決議は拘束力を持たない。加盟国政府に対して、これら国連決議の実施させるのは、市民社会の力量にかかっている。まず第一に、市民社会は、それぞれの政府が国連でどのような決議に同意しているのかを知らねばならない。さらに、グローバルな市民社会が、国連に対して、その実施を迫っていくことである。


    ★企業主導のグローバリゼーションに対するオルタナティブは何か?
 冷戦が終了するまでは、資本主義にとって代わるオルタナティブは社会主義であった。しかし、社会主義が崩壊して以来、今日では、資本主義にとって代わるものはない。
 では、今日の無制限な利潤を追求する企業のグローバリゼーションを抑制することはできないのだろうか?
私は「ある」といいたい。しかし、それは、ありもしない仮説であってはならない。それは人びとや地域、コミュニティの中ですでに実践されているものでなければならない。
 多国籍企業は、最大限利潤を得るために活動する。しかし、一方では、利潤を目的としない経済活動があるではないか。
一九世紀以来、人びとは協同組合活動を続けてきた。そして労働組合や共済組合を組織した。今日では、NGO、NPOなどが挙げられる。これら人間と人間との間の連帯に基づいた経済活動は、環境や人権を守り、同時に女性の無償労働を考慮に入れているものでなければならない。この連帯の経済は、マイクロ・クレジットや地域通貨などの分野にも存在する。
地方自治体レベルだけではなく、中央政府レベルでも、すでに、直接民主主義的な参加のアプローチがなされている。政府と住民とが権力を共有する動きさえでている。それは「参加型予算プロジェクト」と呼ばれるものである。これまで世界社会フォーラムが開かれてきたブラジルのポルトアレグレは、まさにこの連帯経済の都市である。
 国際レベルでは、フェア・トレードや、南北間のNGOの国際開発協力などが挙げられる。NGOの国際開発協力では、世銀の調査でも、年間八五億ドルにのぼる。これは、昨年の日本のODAに匹敵する額である。
 これら、草の根の連帯経済の一つ一つの規模は大きなものである必要はない。それは顔の見える規模でなければならない。なぜなら、それに参加している人びとの間の信頼がなければならないからである。そして、それぞれの単位が、国、地域、グローバルなレベルで緩やかなネットワークをつくっていく。  では、この連帯経済は市場経済のオルタナティブになり得るだろうか? グローバル化した市場経済を壊して、これら連帯経済に置きかえることができるだろうか?
 答えは「ノー」である。
 例えば、協同組合は多国籍企業にとって代わることはできない。地域通貨はドルの支配を覆すことはできない。マイクロ・クレジットでもって、商業銀行に代えることはできない。すべての外国貿易をフェア・トレードでもって代えることはできない。
 そうではない。
 我々は、最大限利潤を求め、行き過ぎた、過度の、無秩序の、そして投機的で、破壊的で、社会的責任を持たない多国籍企業の活動と市場経済をコントロールすべきである。我々は、過度の労働者搾取、無制限の環境破壊、多国籍企業の政治的、経済的支配、さらに、一部のエリートによる権力、決定、選択、機能などの独占を正さなければならない。このコントロールは、我々が、コミュニティで、国内で、地域で、グローバルなレベルで連帯経済を推進した時、可能である。  

★連帯経済はネオリベラルなグローバリゼーションと闘わねばならない
 一九九九年一月のシアトル以来、サミット級の会議が開かれる度に、決まって巨大な抗議デモが起こるようになった。これは九・一一以後も衰える兆しがないどころか、ますます、燃え上がっている。デモの矛先は、WTO、IMF、世銀などグローバリゼーションを推進する国際機関、これら機関を支配しているG7首脳、そして、ネオリベラルなグローバリゼーションの真の受益者である多国籍企業などに向けられている。デモは「利潤でなく、人間を」「もう一つの世界は可能だ」と叫んでいる。貧しい国の債務の帳消しや、為替取引税(トービン税)の導入を求める国際的キャンペーンは「ミレニアム開発ゴール」の達成を目的としたものである。
 連帯経済はネオリベラルなグローバリゼーションに対して闘わねばならない。ある協同組合の活動が、WTO協定に抵触した時、WTOのパネルが「違反だ」と採決した場合、その協同組合活動は停止させられる。IMF・世銀が構造調整プログラムや貧困削減戦略ペーパーを途上国政府に強制しつづければ、草の根の連帯経済活動は阻害されるだろう。国際開発協力NGOは、一方ではIMF・世銀の構造調整プログラムが膨大な貧困を生み出していることに闘わねばならない。そして、巨額の投機マネーが世界中を駆け巡れば、地方政府レベルの参加型予算プロジェクトも実施できないだろう。これは、マイクロ・クレジットや地域通貨についても同じことが言える。九七年のアジア通貨危機の時、これら投機マネーが、タイ、インドネシア、韓国で、いかに大規模な失業と貧困を生み出したかを目の当たりにしたところである。
 したがって、連帯経済は、包括的であり、かつ新しい経済のパラダイムである。それは草の根の人びとの経済活動、地方あるいは中央政府の参加型アプローチ、ネオリベラルなグローバリゼーションに反対するグローバルな、かつ大規模な人びとの抗議行動などを統合したものである。

★連帯経済の視点から見た国際的規制についてのワークショップの開催に向けて
九九年、パリにある「人類の進歩のための財団(故シャルル・レオポルド・メーヤー氏記念財団)」が、「責任のある、多極的な、団結した世界のための同盟(略して同盟21)」(註5)の設立を呼びかけた。「同盟21」には、「ガバナンスと市民」「連帯経済」「人間と環境」「価値、教育、文化」の四つの柱(部会)がある。二〇〇一年一二月、フランスのリールで、五〇〇人の代表が集まって「世界市民総会」を開き、四つの柱のテーマについて、活発な議論を交わした。
 一方、「同盟21」は、世界社会フォーラムの中心的メンバーでもある。とくに「連帯経済」の部会は、第一回フォーラム以来、財団の本部があるフランスとラテンアメリカの連帯経済のネットワークが組んで、フェア・トレード、社会通貨(地域通貨)、女性と経済、持続可能な金融(マイクロ・クレジット)などのワークショップを連続して開いてきた。
 私は、この「連帯経済」部会の国際調整委員会のメンバーであり、同時に、「連帯経済の枠組の中のグローバルな規制」についてのワークショップを担当している。これは、すでに述べたように、連帯経済は、さまざまな草の根の経済活動であると同時に、ネオリベラルなグローバリゼーションと闘う運動やそれをグローバルに規制する活動を統合したものでなければならない。しかし、これまでのところ、連帯経済の活動と反グローバリゼーション派との対話は、あまり意識的に行なわれていない。
 日本では、反グローバリゼーションの運動は非常に弱い。また、協同組合や社会通貨の運動は盛んだが、意識的に連帯経済としてとらえられていない。
 今年はアジア太平洋資料センター(PARC)の創立三〇周年にあたる。その記念行事の一つとして、 「同盟21」と共催で、「もう一つの世界は可能だ──反グローバリズムとオルタナティブ」と題して、シンポジウムを開催した(二〇〇三年一〇月一二日)。これには、五つの大陸から連帯経済の理論家とグローバルな規制についての活動家をパネリストとして招いた。以下の論文(月刊オルタ2004年1月号所収)は、それぞれのパネリストの報告の抄訳である。

【註】
1▼一九九九年一一月に米国のシアトルで開催された世界貿易機関第三回閣僚会合は、途上国政府と市民の抗議によって開催が不可能になった。ここでの市民(NGO,労働組合、社会運動を含む)による抗議活動を一つのきかっけとして反グローバリゼーションのデモの潮流が生まれ、「ポスト・シアトル」が語られるようになった。
2▼毎年一月末にスイス・ダボスで多国籍企業や銀行の重役たちによって開催される世界経済フォーラム(国際決済銀行主催)に対抗するオルタナティブな議論の場として、二〇〇一年一月、ATTACの呼びかけによって、ポルトアレグレで「世界社会フォーラム」を開催した。世界中から一万六〇〇〇名の民衆や市民、NGOが集まり議論を行なった。
3▼http://www.wsfindia.org/
4▼一日一ドル未満で暮らす人口比率を半減、五歳以下の乳幼児死亡率を三分の二削減、出産死亡率を四分の三削減、飲料水へのアクセスがない人口比率を半減するなどの他、男女の差別なく初等教育課程の修了、HIV/エイズ、マラリアなどの疾病の蔓延阻止、ODAの増額などが盛り込まれている。
5▼http://www.alliance21.org/

(月刊『オルタ』2004年1月号所収)

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